【平和への願いを込めて】TCBが1万羽の折り鶴を「原爆の子の像」に奉納

TCBグループは、2025年10月24日(金)広島県広島市の平和記念公園内にある「原爆の子の像」に1万羽分の折り鶴を奉納しました。
この活動は世界の平和と人々の健康を願い企画されました。

折り鶴を奉納する様子

折り鶴に向かって手を合わせるTCBの山内崇史院長

当日はTCBグループを代表して広島院の山内崇史院長が折り鶴を奉納しました。
今回奉納された1万羽の折り鶴は、全国のTCBグループスタッフ有志が心を込めて制作したものです。

折り鶴と「原爆の子の像」

「原爆の子の像」の周りに折り鶴が飾られている様子

広島県広島市にある平和記念公園では、園内のいたるところで色鮮やかな折り鶴を目にすることができます。折り鶴は、日本の伝統的な文化である折り紙の1つですが、現在では国や地域を越えて、平和を願う気持ちを象徴する存在として親しまれています。
折り鶴が平和のシンボルとして広く知られるようになった背景には、被爆から10年後に白血病で亡くなった少女、佐々木禎子さんの存在があります。

佐々木禎子さんについて

「原爆の子の像」の写真

佐々木禎子さんは2歳のときに被爆しましたが、当時は目立った外傷もなく、その後は元気に成長しました。しかし、被爆から9年後の小学6年生の秋、体調に異変が現れ、翌年2月に白血病と診断されて広島赤十字病院に入院します。入院中、回復を願って包み紙などを使い折り鶴を折り続けましたが、約8ヶ月にわたる闘病の末、1955年10月25日に亡くなりました。
禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め、平和への願いを形にしようという運動が始まります。その後、全国から寄せられた募金によって、平和記念公園内に「原爆の子の像」が建立されました。
この出来事は世界へと広がり、現在も「原爆の子の像」には日本国内をはじめ、世界各国から多くの折り鶴が捧げられています。その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼります。

TCBグループの想い

TCBが奉納した折り鶴の写真

私たちTCBグループが提供する美容医療は、患者様一人ひとりの心と身体の健康があってこそ成り立つものだと考えています。人が安心して生き、自分らしく過ごせる社会には、平和な環境が欠かせません。
今回「原爆の子の像」に奉納した折り鶴は、平和への切なる願いとすべての命が尊重される未来への想いを込めています。
TCBグループは、医療に携わる団体として、人々の幸福と社会全体の調和に目を向けながら、今後も事業活動を通じて社会に貢献できるよう努めてまいります。